健康診断で血糖値の高さを指摘された方、あるいは「将来の健康のために、そろそろ血糖値を意識しなければ」と感じ始めた方も多いのではないでしょうか。
外来診療でも、患者さんからよくいただく質問の一つが
「血糖値を下げるには、運動したほうがいいと聞くけれど、何をすればいいのか分からない」というものです。
実は、運動は血糖値コントロールにおいて、薬と同じくらい重要な治療手段と考えられています。ただし、「やみくもに動けば良い」というわけではありません。
- なぜ運動が血糖値に良いのか
- どんな運動が効果的なのか
- 運動後に血糖値が上がることがある理由
- 安全に続けるための注意点
この記事では、医師の立場からできるだけ分かりやすく解説します。
運動が血糖値コントロールに重要な理由

なぜ血糖値の管理において、これほどまでに運動が重視されるのでしょうか。その理由は、運動が次の2つの重要な働きを持っているからです。
① インスリンが効きやすくなる
② 筋肉がブドウ糖を直接消費してくれる
これらは、薬だけに頼るのではなく、体質そのものを改善するアプローチと言えます。
インスリン感受性の向上(インスリンが効きやすくなる)

インスリンとは、膵臓から分泌されるホルモンで、血液中のブドウ糖を細胞に取り込み、エネルギーとして利用させる働きを担っています。血糖値を下げる作用を持つ、体内で唯一のホルモンです。
ところが、高血糖の状態が続くと、細胞がインスリンの指示に反応しにくくなります。これを「インスリン抵抗性」と呼びます。(※インスリンは出ているのに、効きが悪くなっている状態です)
運動を継続すると、このインスリン抵抗性が改善されます。つまり、少ないインスリンでも血糖値を下げやすい体になるということです。
筋肉によるブドウ糖の直接的な消費

体の中で最も多くのブドウ糖を使う臓器は「筋肉」です。特に重要なのは、運動中の筋肉は、インスリンの助けがなくてもブドウ糖を取り込めるという点です。
運動によって筋肉が刺激されると、「GLUT4(グルットフォー)」というブドウ糖の通り道が細胞表面に増え、血液中のブドウ糖が筋肉へ取り込まれます。
その結果、今上がっている血糖値を直接下げる効果が得られます。
運動で血糖値が下がるメカニズムとは

運動と一口に言っても、その種類によって血糖値への影響は異なります。ここでは、有酸素運動と筋トレ(レジスタンス運動)に分けて解説します。
有酸素運動が血糖値を下げる仕組み

有酸素運動とは、ウォーキング・ジョギング・サイクリング・水泳など、軽〜中程度の負荷で継続する運動です。
ウォーキングやジョギングの即時的な効果
食事をすると、糖質が消化・吸収され、血糖値は自然に上昇します。
このタイミングで有酸素運動を行うと、運動のエネルギー源として、血液中のブドウ糖がすぐに筋肉で消費されます。
その結果、食後に起こりやすい血糖値の急上昇(血糖値スパイク)を抑えることができます。
有酸素運動は、「今上がっている血糖値」に直接働きかける即効性の高い方法です。
筋トレ(レジスタンス運動)が血糖値を下げる仕組み

筋トレ(レジスタンス運動)とは、スクワットや腕立て伏せなど、筋肉に負荷をかける運動です。有酸素運動が「今の血糖を使う」運動であるのに対し、筋トレは血糖値が上がりにくい体を作る運動と言えます。
筋肉量増加による長期的な血糖コントロール改善効果
筋トレを続けることで筋肉量が増えると、筋肉内にブドウ糖を蓄える能力が高まります。筋肉はブドウ糖の最大の貯蔵庫でもあります。
筋肉量が増えるということは、ブドウ糖を溜めておける「タンク」が大きくなるということです。
その結果、食後に血糖値が上がりにくくなり、長期的に安定した血糖コントロールが可能になります。
| 運動の種類 | 主な効果のタイミング | メカニズムのポイント |
|---|---|---|
| 有酸素運動 | 即時的 | 運動のエネルギーとして、血液中のブドウ糖を直接消費する |
| 筋トレ | 長期的 | 筋肉量を増やし、ブドウ糖の貯蔵庫を大きくすることで血糖値が上がりにくい体質を作る |
運動後に血糖値が上がる原因と対策

「血糖値を下げるために運動したのに、測ってみたら逆に上がっていた」
このような経験をして、不安になった方もいらっしゃるかもしれません。
しかし結論から言うと、運動後に血糖値が一時的に上がることは、必ずしも異常ではありません。
まずは、その仕組みを正しく理解することが大切です。
なぜ高強度な運動や筋トレで血糖値は一時的に上がるのか?

息が上がるような強度の高い運動や、負荷の大きい筋トレを行った直後には、血糖値が一時的に上昇することがあります。
これは、体が「非常事態」と判断し、エネルギーを急いで確保しようとする生理的反応です。
カウンターホルモン(アドレナリン・グルカゴン)の影響
強い運動を行うと、体内ではアドレナリン・グルカゴンといった血糖値を上げる方向に働くホルモン(カウンターホルモン)が分泌されます。
これらのホルモンは、肝臓に蓄えられているグリコーゲンを分解し、ブドウ糖として血液中に放出するよう指令を出します。
これは、筋肉に十分なエネルギーを供給するための、正常な防御反応です。その結果として、運動直後に血糖値が一時的に上がることがあるのです。
運動後の血糖値上昇は問題ない?一時的な生理現象の理解
このタイプの血糖値上昇は、多くの場合、心配ありません。
なぜなら、運動後の筋肉は、ブドウ糖を取り込む能力が高まっている状態だからです。
一時的に上がった血糖値は、その後、筋肉で消費され、
30分〜数時間以内に自然と下がっていくことがほとんどです。
ただし、
- 数時間経っても高いまま
- 体調不良を伴う
- 空腹時血糖値がもともと非常に高い
といった場合は、主治医に相談するようにしましょう。
ウォーキングでも血糖値が上がる場合の要因
軽い運動でも血糖値が上がる場合、以下のような要因が関係していることがあります。
- ストレス・緊張
慣れない運動や「血糖値が上がったらどうしよう」という不安自体が、交感神経を刺激することがあります。 - 測定タイミング
運動直後はホルモンの影響が残っているため、30分〜1時間後に測定すると落ち着いた数値になることが多いです。 - 脱水
水分不足により血液が濃縮され、血糖値が高く見えることがあります。運動前後の水分補給は必須です。
血糖値を下げる運動の最適なタイミング

運動の効果を最大限に引き出すためには、「いつ行うか」というタイミングが非常に重要です。特に血糖値コントロールにおいては、ゴールデンタイムが存在します。
食後の運動が最も効果的|食後30分~1時間がゴールデンタイム

血糖値対策として最もおすすめなのは、食後30分〜1時間以内の運動です。
この時間帯は、血糖値が上昇し始めるタイミングと重なるため、運動によってブドウ糖を効率よく消費できます。
食後何分から運動を始めるべきか?具体的な時間
一般的に、食後30分から1時間後に運動を始めるのが理想的とされています。
食事を始めてから血糖値がピークに達するのは、およそ1時間後です。そのため、血糖値が上がり始める食後30分あたりから運動を開始すると、血糖値のピークを効果的に抑え込むことができます。
ただし、食後すぐに激しい運動をすると消化不良を起こす可能性があるため、ウォーキングなどの軽い運動から始めるのが良いでしょう。
食前の運動は血糖値にどう影響する?

食前の運動、特に空腹時の運動には注意が必要です。運動によって血糖値は下がりますが、元々血糖値が低い状態で運動を行うと、下がりすぎてしまうリスクがあります。
空腹時の運動と低血糖のリスク
空腹時に運動をすると、血液中のブドウ糖がエネルギーとして使われます。もともとブドウ糖が少ない状態なので、運動によってさらに消費されると、血糖値が必要以上に下がり、「低血糖」を引き起こす危険性があります。
低血糖になると、冷や汗、動悸、めまい、強い空腹感などの症状が現れ、重篤な場合は意識を失うこともあります。
特に、インスリン注射や血糖降下薬を使用している方は、自己判断での空腹時運動は避けてください。
| タイミング | メリット | デメリット・注意点 |
|---|---|---|
| 食後 | ・血糖値スパイクを効果的に抑制できる ・エネルギー源が豊富で動きやすい |
・食後すぐの激しい運動は消化不良の原因に |
| 食前(空腹時) | ・脂肪燃焼効果が高いとされる | ・低血糖のリスクが非常に高い ・薬物治療中の方は特に危険 |
血糖値管理に効果的な運動の種類と具体例

ここまでで、運動が血糖値に与える影響や、行うタイミングの重要性について解説してきました。では実際に、どのような運動を選べばよいのかを具体的に見ていきましょう。
血糖値管理の基本は、「有酸素運動」と「筋トレ(レジスタンス運動)」を組み合わせることです。どちらか一方だけでなく、両方をバランスよく取り入れることが理想的です。
食後の血糖値上昇を抑えるおすすめの有酸素運動

食後の血糖値スパイク対策として、まず取り入れたいのが有酸素運動です。特別な器具や場所を必要とせず、今日からでも始められます。
ウォーキング(1回15分~)
最も基本で、安全性の高い運動がウォーキングです。
食後30分ほど経ってから、「やや早歩き」程度のペースで15〜30分歩くだけでも、血糖値の上昇をしっかり抑える効果が期待できます。
外来でも、「特別な運動はできないけれど、歩く習慣をつけたらHbA1cが改善した」という方は少なくありません。
スロージョギング・サイクリング
ウォーキングに慣れてきた方には、スロージョギングや自転車もおすすめです。
目安は、隣の人と会話ができるくらいの強度。息が切れるほど頑張る必要はありません。
「きつすぎない」ことが、運動を長く続ける最大のポイントです。
室内でできる足踏み運動・踏み台昇降
天候や時間の制約で外に出られない日もあります。そのような場合でも、室内でできる運動は十分効果があります。
- テレビを見ながら足踏み
- 10〜20cm程度の台を使った踏み台昇降
こうした「ながら運動」でも血糖値対策としては十分です。
継続的な血糖コントロールを改善する筋トレメニュー

筋トレは、短期的に血糖値を下げるというよりも、「血糖値が上がりにくい体を作る」ための運動です。
特に下半身には全身の筋肉の約70%が集中しているため、大きな筋肉を使う運動が効率的です。
スクワット(下半身の大きな筋肉を鍛える)
「キング・オブ・トレーニング」とも呼ばれるスクワットは、太ももやお尻といった大きな筋肉を一度に鍛えられる非常に効率の良い運動です。
- 足を肩幅に開いて立つ。
- 椅子に座るようにお尻をゆっくりと下ろす。
- 太ももが床と平行になるまで下ろしたら、ゆっくりと元の姿勢に戻る。
膝がつま先より前に出ないようにすることがポイントです。10回×3セットを目標に、無理のない範囲で行いましょう。
かかと上げ運動(ふくらはぎの筋肉を刺激)
ふくらはぎは「第二の心臓」とも呼ばれ、血流を促進する重要な筋肉です。歯磨き中や電車の待ち時間など、すきま時間に行えます。
- 壁や椅子に手をついて体を支える。
- かかとをゆっくりと上げ、つま先立ちになる。
- 限界まで上げたら、ゆっくりと下ろす。
20回×3セットが目安ですが、歯磨き中などの隙間時間に行うだけでも効果があります。
プランク(体幹トレーニング)
直接的に大きな筋肉を動かすわけではありませんが、体幹を鍛えることで姿勢が良くなり、他の運動のパフォーマンス向上にもつながります。
- うつ伏せになり、肘とつま先を床につける。
- お腹に力を入れ、頭からかかとまでが一直線になるように体を持ち上げる。
- その姿勢を30秒キープする。
慣れないうちは10〜20秒からで問題ありません。お尻が上がったり下がったりしないように注意しましょう。
運動療法を行う上での重要な注意点

運動は血糖値管理に非常に有効ですが、安全に行うことが何より重要です。特に治療中の方は、次の点に注意してください。
運動を避けるべきタイミング|血糖値250mg/dl以上は危険

運動は血糖値を下げますが、常に安全とは限りません。以下のような状態の時は、運動を避けるべきです。
- 空腹時血糖値が250mg/dl以上の場合:
この状態で運動を行うと、インスリンの作用不足から逆に血糖値がさらに上昇してしまう「ケトアシドーシス」という危険な状態を招く可能性があります。 - 体調が悪い時:
風邪や疲労、睡眠不足など、体調が優れない時は無理に運動せず、休息を優先しましょう。 - 増殖性網膜症や腎症が進行している場合:
運動の強度によっては、これらの合併症を悪化させるリスクがあります。
低血糖の予防と具体的な対策

運動によって血糖値が下がりすぎる「低血糖」は、最も注意すべき副作用の一つです。
- 強い空腹感
- 冷や汗
- 手足の震え
- 動悸
- めまい、ふらつき
これらの症状を感じたら、すぐに運動を中止し、速やかに糖分を補給する必要があります。
補食(ブドウ糖など)の準備
運動をする際は、万が一の低血糖に備えて、ブドウ糖(5〜10g)やブドウ糖を含むジュース、飴などを常に携帯しましょう。これらは吸収が速く、迅速に血糖値を回復させることができます。
糖尿病の薬物治療中の方は必ず医師に相談を

インスリン注射や血糖降下薬(※血糖値を下げる内服薬)を使用している方が運動を行う場合は、特に注意が必要です。
というのも、「薬による血糖低下作用」と「運動による血糖低下作用」が重なることで、想定以上に血糖値が下がり、重度の低血糖を引き起こすことがあるからです。
外来でも、下記のような相談を受けることがあります。
- 「いつもと同じ運動なのに、急にふらついた」
- 「夕方の運動後に低血糖を起こした」
その多くは、運動のタイミングと薬の効きが重なっていたケースです。
運動の種類・強度・時間帯によって、薬の調整が必要になることもあります。
自己判断で運動量を増やすのではなく、運動を始める前・内容を変える前には、必ず主治医に相談してください。
【FAQ】運動と血糖値に関するよくある質問
ここでは、運動と血糖値に関して多くの方が抱く疑問について、Q&A形式でお答えします。
Q1. 運動は毎日やるべきですか?理想的な頻度は?
A1. 有酸素運動は、できれば毎日行うのが理想です。
運動によって高まったインスリン感受性(※インスリンが効きやすい状態)は、24〜48時間ほどで徐々に元に戻ります。
そのため、下記を一つの目安にしてください。
- 毎日少しずつ動く
- 難しければ週3〜5日、合計150分以上
筋トレは、筋肉の回復を考慮して週2〜3回、間に休養日を入れるのが適切です。
Q2. 1回あたり何分運動すれば効果がありますか?
A2. 1回10分でも、十分に意味があります。
「30分まとめて運動できないから無理」と思う必要はありません。
- 10分 × 3回
- 食後に10分だけ歩く
こうした積み重ねでも、血糖値改善効果は確認されています。大切なのは、完璧を目指さず、続けられる形を作ることです。
Q3. 運動する時間帯は朝と夜どちらが良いですか?
A3. 血糖値コントロールの観点では、「食後」が最も効果的です。
朝・昼・夜のどの食後でも構いません。ただし、医師として最も重視するのは「その人が無理なく続けられる時間帯」です。
続かない運動は、効果も期待できません。生活リズムに合った時間帯を選びましょう。
Q4. 運動で血糖値スパイクは予防できますか?
A4. はい、非常に効果的です。
特に、下記は血糖値スパイク(食後の急上昇)対策として、最も現実的で確実な方法の一つです。
- 食後30分〜1時間以内
- ウォーキングなどの有酸素運動
【まとめ】正しい知識で運動を習慣化し、血糖値をコントロールしよう!

この記事では、運動が血糖値に与える影響について、そのメカニズムから具体的な方法、注意点までを詳しく解説しました。
- 運動はインスリンの効きを良くし、筋肉で直接ブドウ糖を消費させる。
- 有酸素運動は即効性があり、筋トレは長期的な体質改善につながる。
- 運動後に血糖値が一時的に上がるのは、正常な生理反応の場合が多い。
- 最も効果的なタイミングは「食後30分〜1時間」。
- ウォーキングやスクワットなど、手軽な運動から始めるのが継続のコツ。
- 安全に行うため、特に薬物治療中の方は必ず医師に相談する。
血糖値の管理は、一日や二日で結果が出るものではありません。しかし、正しい知識を持って運動を生活の一部として取り入れることで、あなたの体は着実に良い方向へと変わっていきます。
完璧を目指す必要はありません。まずは「今日の夕食後、10分だけ歩いてみる」ことから始めてみませんか?その小さな一歩が、あなたの未来の健康を守る大きな力となるはずです。
※本記事は、運動と血糖値に関する一般的な情報を提供するものであり、医学的なアドバイスに代わるものではありません。糖尿病の治療中の方や、健康上の懸念がある方は、運動を始める前に必ず医師または専門家にご相談ください。
