「親が糖尿病だから、自分も将来なるのでは…」と不安に感じていませんか。糖尿病と遺伝の関係は、多くの方が疑問を抱くテーマです。
まず知っておいていただきたいのは、糖尿病という病気そのものが遺伝するわけではない
という点です。
遺伝するのはあくまで、「糖尿病になりやすい体質(遺伝的素因)」です。
この体質があるからといって、必ず糖尿病を発症するわけではありません。遺伝的リスクを正しく理解し、生活習慣を整えることで、発症を予防したり、進行を遅らせたりすることは十分に可能です。
この記事では、糖尿病と遺伝の仕組みについて、
1型・2型糖尿病の違いから、今日からできる具体的な予防策まで、医師の立場からわかりやすく解説します。
糖尿病の遺伝に関する結論|病気ではなく「なりやすい体質」が遺伝する

糖尿病と遺伝について考えるとき、最初に押さえておくべき結論は明確です。
親が糖尿病であっても、その病気がそのまま子どもに受け継がれることはありません。
遺伝するのは、
- インスリンが分泌されにくい
- インスリンが効きにくい
といった、血糖コントロールに関わる体質です。
この体質は、糖尿病発症の「土台」にはなりますが、それだけで糖尿病が発症するわけではありません。
遺伝要因と環境要因が組み合わさって発症する

糖尿病の発症は、多くの場合、遺伝的要因と環境要因の両方が関与して起こります。
- 遺伝的要因:
糖尿病になりやすい体質。これは生まれ持ったもので、自分では変えられません。 - 環境要因:
食事内容、運動習慣、体重増加、ストレス、加齢、喫煙など。こちらは日々の選択によって変えることができます。
遺伝的リスクがあっても、環境要因を整えることで発症を防ぐことができるという点が、非常に重要です。
反対に、遺伝的リスクが低い方でも、不規則な生活や過食、運動不足が続けば、糖尿病を発症する可能性は高くなります。
つまり、遺伝は「避けられない運命」ではなく、早めに対策を考えるためのヒントと捉えることが大切です。
日本人は遺伝的に糖尿病になりやすい背景を持つ

実は、日本人は欧米人と比べて、インスリンを分泌する能力がもともと低い傾向にあります。
そのため、下記のような場合は血糖値が上がりやすくなります。
- 高度な肥満でない場合
- わずかな体重増加があった場合
- 加齢によって膵臓の働きが低下した場合
これが、「痩せ型でも糖尿病を発症する日本人が多い理由」の一つです。
「自分は太っていないから大丈夫」と思わず、体重や生活習慣を定期的に見直すことが重要です。
【1型・2型別】糖尿病が遺伝する確率と仕組みの違い

糖尿病は一つの病気のように思われがちですが、原因や発症の仕組みによっていくつかのタイプに分類されます。なかでも重要なのが、「1型糖尿病」と「2型糖尿病」です。
この二つは、発症の背景や遺伝との関わり方が大きく異なります。なお、日本における糖尿病患者さんのうち、95%以上を占めているのは2型糖尿病です。
まずは全体像を、以下の表で確認してみましょう。
| 項目 | 2型糖尿病 | 1型糖尿病 |
|---|---|---|
| 主な原因 | 遺伝的要因 + 生活習慣(環境要因) | 自己免疫の異常 |
| 遺伝の関与 | 強い | 2型に比べると弱い |
| 発症の仕組み | インスリン分泌低下・インスリン抵抗性 | 免疫が膵臓のβ細胞を攻撃・破壊 |
| 特徴 | 中高年に多い、生活習慣病 | 若年層に多い、生活習慣とは直接関係しない |
2型糖尿病の遺伝確率と仕組み

2型糖尿病は、遺伝的要因が強く関与する代表的な「生活習慣病」です。ただし、遺伝だけで発症が決まるわけではなく、食生活や運動習慣などの環境要因と組み合わさって発症します。
両親・片親からの遺伝確率【父親・母親】
これまでの研究から、2型糖尿病には明確な家族集積性があることが分かっています。家族歴がある場合、ない場合に比べて発症リスクは明らかに高くなります。
- 片親が2型糖尿病の場合:
子どもが糖尿病を発症するリスクは、約2~3倍に上昇します。 - 両親ともに2型糖尿病の場合:
発症リスクは、約5~6倍、あるいはそれ以上になるとも報告されています。
これらはあくまで統計的な確率であり、必ず発症することを意味するものではありません。
父親・母親のどちらから遺伝しやすいかについては、明確な差はないとされていますが、一部の研究では父親の影響を示唆する報告もあります。
いずれにしても、両親のどちらかに糖尿病がある場合は、自身のリスクを正しく自覚することが重要です。
2型糖尿病の発症に関わる複数の遺伝子
2型糖尿病は、単一の遺伝子異常によって起こる病気ではありません。現在までに、数十種類以上の糖尿病関連遺伝子が見つかっています。
これらの遺伝子は、それぞれが発症リスクをわずかずつ高める働きを持っています。
例えば、
- インスリンの分泌量を少し減らす遺伝子
- インスリンの効きをわずかに悪くする遺伝子
といったものです。
これらを複数組み合わせて受け継ぐことで、「糖尿病になりやすい体質」が形成されます。
このように、複数の遺伝子と生活習慣が重なって発症する病気を「多因子疾患」と呼び、2型糖尿病はその代表的な疾患です。
痩せ型でも遺伝で糖尿病になる理由
日本人は、遺伝的にインスリン分泌能力が低い傾向にあることが知られています。これは、特定の遺伝子の影響によるものと考えられています。
肥満になると、インスリンの効きが悪くなる「インスリン抵抗性」が生じます。この状態では、血糖値を下げるために、より多くのインスリンが必要になります。
しかし、もともとインスリン分泌能力が高くない日本人では、膵臓が早い段階で疲弊し、十分なインスリンを分泌できなくなることがあります。
その結果、欧米人のような高度肥満がなくても、わずかな体重増加や加齢による膵臓機能の低下をきっかけに、糖尿病を発症してしまうのです。
「痩せているから大丈夫」とは考えず、体型に関わらず生活習慣を意識することが重要です。
1型糖尿病の遺伝確率と仕組み

1型糖尿病は、生活習慣とは直接関係なく、主に自己免疫の異常によって発症する病気です。
遺伝的要因の関与は2型糖尿病より低い
1型糖尿病にも遺伝的な影響はありますが、その関与は2型糖尿病ほど強くありません。
- 一般の人が1型糖尿病を発症する確率:約0.1%
- 親が1型糖尿病の場合の子どもの発症確率:約2~5%
家族に患者さんがいる場合、発症リスクは上昇しますが、それでも多くの子どもは発症しないことが分かっています。
兄弟姉妹に1型糖尿病の方がいる場合の発症リスクも、約5%程度とされています。
自己免疫疾患としての遺伝的素因(HLA遺伝子群)
1型糖尿病の発症には、HLA(ヒト白血球抗原)と呼ばれる遺伝子群が深く関与しています。
HLAは、免疫システムが「自分の体」と「外から侵入した異物」を区別するために重要な役割を果たす遺伝子です。
特定のHLAタイプを持つ人では、何らかのきっかけ(ウイルス感染など)が引き金となり、免疫が誤って膵臓のβ細胞を攻撃してしまうことがあります。
その結果、インスリンを産生する細胞が破壊され、急激にインスリン不足に陥るのです。
ただし、リスクのあるHLAを持っていても、実際に発症するのはごく一部の人に限られます。
遺伝的素因に加えて、環境要因が重なることで発症すると考えられていますが、詳細な仕組みはいまだ完全には解明されていません。
その他の特殊な糖尿病と遺伝(MODYなど)

頻度は非常に低いものの、単一の遺伝子異常によって発症する特殊な糖尿病も存在します。その代表がMODY(若年発症成人型糖尿病)です。
MODYは2型糖尿病とは異なり、一つの遺伝子変異が直接の原因となって発症します。そのため、親から子へ50%の確率で遺伝するという明確な遺伝形式をとります。
比較的若い年齢で発症し、生活習慣に関係なく家族内で代々みられるのが特徴です。診断には遺伝子検査が必要となるため、疑われる場合は専門医への相談が重要です。
なぜ糖尿病は遺伝するのか?遺伝子レベルのメカニズム

「糖尿病になりやすい体質」とは、具体的にどのような体質なのでしょうか。この疑問を理解するためには、遺伝子レベルで糖代謝の仕組みを知ることが重要です。
糖尿病の遺伝的背景を詳しく見ていくと、主に下記の2つのポイントに関わる遺伝子が関与していることが分かっています。
①インスリンを分泌する力
②インスリンの効きやすさ
インスリン分泌能力に関する遺伝子

一つ目は、膵臓のβ細胞からインスリンを分泌する能力に関わる遺伝子です。
通常、食事によって血糖値が上昇すると、膵臓がそれを感知し、適切な量のインスリンを分泌します。しかし、この一連の仕組みに関わる遺伝子に特定の変異があると、次のような問題が起こります。
- 血糖値の上昇をうまく感知できない
- インスリンを作り出す力が弱い
- 作られたインスリンをスムーズに分泌できない
その結果、食後に血糖値が上がっても十分なインスリンが分泌されず、高血糖の状態が慢性的に続いてしまいます。
特に日本人は、もともとインスリン分泌能力が低いタイプの遺伝的特徴を持つ人が多いとされており、これが日本人に糖尿病が多い大きな理由の一つと考えられています。
インスリン抵抗性(インスリンの効きやすさ)に関する遺伝子

二つ目は、インスリン効きやすさ(インスリン感受性)に関わる遺伝子です。
インスリンは血液を通じて全身の細胞、特に筋肉や脂肪細胞に運ばれ、細胞表面にある「インスリン受容体」と結合することで、ブドウ糖を細胞内へ取り込ませます。
しかし、この働きに関わる遺伝子に変異があると、以下のような状態になります。
- インスリン受容体の数が少ない、または働きが弱い
- インスリンの信号が細胞内にうまく伝わらない
このように、インスリンが分泌されているにもかかわらず、細胞が十分に反応できない状態を「インスリン抵抗性」と呼びます。
インスリン抵抗性が強い体質では、血糖値を下げるためにより多くのインスリンが必要になります。
その結果、膵臓に過剰な負担がかかり、最終的にインスリン分泌が追いつかなくなることで、糖尿病を発症しやすくなります。
なお、インスリン抵抗性は遺伝だけでなく、肥満・運動不足・加齢といった生活習慣によっても悪化する点が特徴です。
倹約遺伝子(スリフティ遺伝子)仮説とは

日本人にインスリン分泌能力が低い人が多い理由として、「倹約遺伝子(スリフティ遺伝子)」仮説が知られています。
これは、人類が長い歴史の中で飢餓に耐えるため、少ない食料から効率よくエネルギーを蓄える遺伝子を獲得してきた、という考え方です。
この遺伝子を持つ人は、
- 少量の食事でも血糖値が上がりやすい
- インスリン分泌が少なくても脂肪を蓄えやすい
という特徴があり、飢餓の時代には生存に有利でした。
しかし、食料が豊富な現代では、エネルギーを溜め込みやすい体質が裏目に出て肥満や糖尿病、高血圧などの生活習慣病リスクを高めてしまいます。
農耕民族としての歴史を持つ日本人には、この倹約遺伝子を持つ人が多いと考えられており、現代の食生活とのミスマッチが糖尿病患者増加の一因とされています。
糖尿病の遺伝に関するよくある質問【Q&A】
ここでは、糖尿病の遺伝について特に多い疑問をQ&A形式で整理します。
Q. 糖尿病は父親と母親、どちらから遺伝しやすいですか?
A. 2型糖尿病に関しては、父親・母親のどちらが糖尿病でも、遺伝リスクに明確な差はないと考えられています。
一部の研究では父親の影響を指摘する報告もありますが、生活習慣の共有など環境要因の影響も大きく、結論は出ていません。重要なのは、どちらの親であっても家族歴がある場合はリスクが高まるという点です。
Q. 親が糖尿病なら、子供も必ず糖尿病になりますか?
A. いいえ、必ず発症するわけではありません。
遺伝するのは病気そのものではなく、「なりやすい体質」です。食事・運動などの生活習慣を整えることで、発症を予防したり、大きく遅らせることは十分に可能
です。
Q. 遺伝子検査で糖尿病になるか分かりますか?
A. 発症リスクの傾向は分かりますが、将来を断定するものではありません。
検査結果よりも、家族歴を把握し、生活習慣を見直すことの方が、実践的かつ重要です。
まとめ:糖尿病の遺伝は「知ること」が最大の予防策

- 糖尿病は病気ではなく「なりやすい体質」が遺伝する
- 発症には遺伝要因+生活習慣が関与する
- 2型糖尿病は、生活習慣改善によって予防できる可能性が高い
遺伝を「不安材料」で終わらせるのではなく、未来の健康を守るためのヒントとして活かすことが、最も重要な考え方です。
※本記事は情報提供を目的としたものであり、診断・治療を目的としたものではありません。気になる症状がある場合は、必ず医療機関へご相談ください。
