「最近、やけに喉が渇く」「食事量は変わらないのに体重が減ってきた」こうした変化に心当たりはありませんか。
これらは、体の中でインスリンが不足している可能性を示すサインかもしれません。インスリン不足は、単に血糖値が高くなるだけの問題ではありません。
放置すると、体にさまざまな負担がかかり、重い合併症や、場合によっては命に関わる状態につながることもあります。
このコラムでは、下記の3つについてご紹介します。
- インスリンが不足すると体で何が起こるのか
- どんな症状が出るのか
- なぜ早めの受診が大切なのか
できるだけわかりやすく解説しますので、最後までご覧ください。
インスリン不足でどうなるのか?

インスリンとは、血糖値を下げる働きをもつホルモンです。膵臓(すいぞう)という臓器から分泌され、血液中のブドウ糖を筋肉や臓器の細胞に取り込ませ、エネルギーとして使えるようにします。
ところが、
- インスリンが十分に分泌されない
- 分泌されていても、体でうまく働かない
このような状態になると、血液中にブドウ糖があふれ、高血糖が続くようになります。
高血糖が続くと、血管や神経が少しずつ傷つき、全身に影響が及びます。初期には自覚症状が乏しいことも多いため、「気づいたときには進行していた」というケースも少なくありません。
命に関わることもある「糖尿病ケトアシドーシス」

インスリン不足が極端に進行した場合、糖尿病ケトアシドーシスという非常に危険な状態に陥ることがあります。
これは、救急治療が必要な状態で、放置すると命に関わります。
糖尿病ケトアシドーシスとは

インスリンがほとんど働かなくなると、体は血糖をエネルギーとして使えなくなります。
そこで代わりに脂肪を分解し始めますが、その過程で「ケトン体」という酸性の物質が大量に作られます。
このケトン体が血液中に増えすぎると、
- 血液が酸性に傾く(アシドーシス)
- 体の臓器が正常に働かなくなる
といった深刻な状態になります。
糖尿病ケトアシドーシスの初期症状と進行後の症状

症状は段階的に進行します。初期のサインを見逃さず、迅速に対応することが重要です。
| 段階 | 主な症状 |
|---|---|
| 初期症状 | ・極度の口渇、大量の飲水 ・多尿(頻繁に大量の尿が出る) ・全身の倦怠感、脱力感 ・食欲不振、吐き気、嘔吐、腹痛 |
| 進行後の症状 | ・過呼吸(速く、深い呼吸) ・息がアセトン臭い(甘酸っぱい、果物が腐ったような臭い) ・意識がもうろうとする(意識障害) ・昏睡状態 |
特に吐き気や腹痛は、胃腸炎と間違われやすいため注意が必要です。
高血糖の指摘がある方で、これらの症状が重なった場合は、すぐに医療機関を受診してください。
なぜ糖尿病ケトアシドーシスが起こるのか

メカニズムを簡単に説明すると、以下のステップで進行します。
- インスリンの極端な不足
インスリンが足りなくなると、血液中にブドウ糖があっても、細胞はエネルギーとして利用できなくなります。 - 代替エネルギーの産生
体はエネルギー不足を補うため、肝臓で脂肪の分解を始めます。 - ケトン体の大量発生
脂肪分解の過程で「ケトン体」という酸性の物質が過剰に産生されます。 - 血液の酸性化(アシドーシス)
ケトン体が増えすぎることで血液が酸性になり、臓器の働きが低下します。 - 脱水症状の悪化
高血糖による多尿や嘔吐が重なり、体の水分が大きく失われます。
このように、エネルギー不足・血液の酸性化・脱水が同時に起こることで、糖尿病ケトアシドーシスは命に関わる危険な状態へと進行していきます。
インスリンとは?体内で血糖値を下げる唯一のホルモン

インスリン不足がなぜ問題になるのかを理解するには、まず「インスリン」が体の中でどのような役割を果たしているのかを知ることが大切です。インスリンは、私たちが健康を保つうえで欠かせない、非常に重要なホルモンです。
インスリンの作用機序と働き

インスリンは、膵臓(すいぞう)にある「ランゲルハンス島β細胞(とうさいぼう)」という場所で作られています。
食事をすると血糖値が上がりますが、その変化を感知して膵臓からインスリンが分泌されます。
インスリンの主な役割は、血液中のブドウ糖を筋肉や脂肪などの細胞に取り込ませ、エネルギーとして使えるようにすることです。
また、使いきれなかったブドウ糖を、
- 肝臓や筋肉では「グリコーゲン」という形で
- 脂肪細胞では「中性脂肪」として
体内に蓄える働きも担っています。
インスリンは、体の中で血糖値を下げることができる唯一のホルモンです。
そのため、血糖値を適切な範囲に保つ「調整役」として、非常に重要な存在といえます。
この働きがうまくいかなくなることが、高血糖や糖尿病の大きな原因となります。
インスリンとインシュリンの違い

「インスリン」と「インシュリン」、どちらの言葉も聞いたことがあるかもしれません。
結論から言うと、この2つは同じホルモンを指しており、呼び方が違うだけです。
- インスリン(Insulin):
英語読みで、現在の医学用語として一般的に使われています。 - インシュリン:
ドイツ語読みが由来の、以前よく使われていた呼び方です。
現在は「インスリン」という表現が標準ですが、年配の医師や患者さんの中には「インシュリン」と呼ぶ方もいます。
どちらの言葉が使われていても、同じホルモンのことだと理解していただいて問題ありません。
インスリン不足になる2つの主な原因

インスリンが不足する背景には、大きく分けて2つの原因があります。ひとつは、インスリンそのものが作れなくなる場合。もうひとつは、インスリンは出ているものの、体でうまく働かなくなる場合です。
原因① インスリンの絶対的な不足(インスリン分泌不全)

これは、インスリンを作る膵臓のβ細胞(とうさいぼう)が傷ついたり壊れたりすることで、インスリンの分泌量そのものが大きく減ってしまう状態を指します。
1型糖尿病
1型糖尿病は、主に免疫の異常によって、自分の免疫細胞が誤って膵臓のβ細胞を攻撃し、破壊してしまう病気です。
その結果、体内でインスリンをほとんど、あるいは全く作れなくなります。
生活習慣とは関係なく発症し、子どもや若い世代に多いものの、どの年齢でも起こる可能性があります。
治療には、不足しているインスリンを体の外から補うインスリン注射が不可欠となります。
膵臓の病気
膵炎、膵臓がん、膵臓の手術などにより、膵臓そのものにダメージが及ぶと、β細胞が障害され、インスリンを作る力が低下します。この場合も、インスリンの「絶対的な不足」が起こります。
原因② インスリンの作用不足(インスリン抵抗性)

こちらは、インスリン自体は分泌されているものの、筋肉や脂肪などの細胞がインスリンに反応しにくくなり、十分に働かなくなる状態です。これを「インスリン抵抗性」と呼びます。
2型糖尿病
日本の糖尿病患者さんの約9割以上を占めるのが2型糖尿病です。遺伝的な体質に加えて、食べ過ぎ、肥満、運動不足、ストレスといった生活習慣が深く関係しています。
インスリン抵抗性が高まると、血糖値を下げようとして膵臓はより多くのインスリンを分泌します。
しかし、この状態が長く続くと膵臓が疲れてしまい、やがてインスリンの分泌量そのものも低下していきます。
肥満・運動不足・食生活の乱れ
特に内臓脂肪が増えると、インスリンの働きを邪魔する物質が分泌され、インスリン抵抗性が強まります。
また、運動不足は筋肉でのブドウ糖の利用を減らし、インスリンの効きを悪くします。
高カロリー・高脂肪な食事も、インスリン抵抗性を高める大きな要因です。
これらは、2型糖尿病を引き起こす代表的なリスク因子といえます。
インスリン不足によって現れる具体的な症状

インスリン不足による高血糖の状態が続くと、体はさまざまなサインを出し始めます。これらの変化を早い段階で見つけ、適切に対応することが、重い合併症を防ぐうえで非常に重要です。
初期症状:多飲・多尿・口渇

インスリン不足の初期にみられやすい症状として、「三多(さんた)」と呼ばれる変化があります。
- 多飲(口渇):
喉が異常に渇き、水分をたくさん欲するようになります。 - 多尿:
トイレの回数が増え、一回あたりの尿量も多くなります。
これらの症状は、高血糖が原因で起こります。血糖値が高くなると、腎臓は余分なブドウ糖を尿の中に排出しようとします。
ブドウ糖は水分と一緒に排出される性質があるため、尿の量が増えてしまいます(多尿)。
その結果、体の水分が失われ、脱水状態に近づくため、強い喉の渇きを感じ、水分を多く摂るようになります(多飲)。
「最近トイレが近い」「やたらと喉が渇く」と感じる場合は、注意が必要です。
進行した症状:体重減少・全身の倦怠感

インスリン不足がさらに進むと、次のような症状が現れることがあります。
- 体重減少:
食事で摂ったブドウ糖をエネルギーとして使えないため、体は筋肉や脂肪を分解してエネルギーを補おうとします。
その結果、食事量が変わらない、あるいは増えているにもかかわらず、体重が減っていきます。 - 全身の倦怠感:
細胞が慢性的なエネルギー不足に陥るため、強いだるさや疲れやすさを感じるようになります。
また、脱水も倦怠感を悪化させる要因となります。
これらは、体がエネルギー不足に陥っていることを示す重要なサインです。
長期化した場合の危険な合併症(三大合併症)

インスリン不足による高血糖を長期間放置すると、全身の細い血管が傷つき、さまざまな合併症が起こります。特に代表的なものは「三大合併症」と呼ばれ、生活の質(QOL)に大きな影響を与えます。
糖尿病網膜症
目の奥にある網膜の細い血管が障害され、視力低下を引き起こします。進行すると、最終的に失明に至ることもあります。
自覚症状が少ないまま進行することが多いため、定期的な眼科検査が重要です。
糖尿病腎症
腎臓の血管が傷つくことで、老廃物をろ過する機能が低下します。
進行すると腎不全となり、人工透析が必要になる場合があります。
糖尿病神経障害
手足の神経が障害され、しびれや痛み、感覚の鈍さが現れます。
感覚が低下すると小さな傷に気づきにくくなり、感染を起こして組織が深刻に傷んでしまうこともあります。
インスリン不足の治療法と自分でできる対策

インスリン不足への対応は、医療機関で行う専門的な治療と、日常生活でのセルフケアの両方が大切です。どちらか一方だけではなく、治療と生活改善を組み合わせて行うことが、血糖コントロールを安定させる鍵となります。
医療機関で行われる専門的な治療

治療方法は、糖尿病のタイプや進行度、全身の状態を考慮し、医師が総合的に判断します。
インスリン注射(インスリン療法)とは
インスリン療法は、体内で不足しているインスリンを、注射によって直接補う治療法です。
1型糖尿病では生命維持に欠かせない治療であり、2型糖尿病でも、飲み薬だけでは血糖コントロールが難しい場合や、膵臓を一時的に休ませる目的で導入されることがあります。
「一度始めると一生やめられない」というイメージを持たれる方もいますが、2型糖尿病の場合は、状態が改善すれば注射を中止できるケースもあります。治療内容は固定ではなく、経過に応じて見直されます。
血糖降下薬の内服
主に2型糖尿病の治療で使用されます。血糖を下げる薬にはいくつかの種類があり、作用の仕方が異なります。
- インスリンの分泌を助ける薬
- インスリンの効きを良くする薬(インスリン抵抗性を改善する薬)
- 食事からの糖の吸収をゆるやかにする薬
- 余分な糖を尿として体外に出す薬
これらを単独、または組み合わせて使用し、患者さん一人ひとりに合った治療が行われます。
インスリン不足を補うための食事療法

食事は血糖値に直接影響するため、治療の基本となります。無理な制限ではなく、「続けられる工夫」が大切です。
インスリンの働きを助ける食事のポイント
特定の食品だけでインスリンが急に増えるわけではありませんが、インスリンの働きを助け、膵臓への負担を減らす食事を意識することが重要です。
- 食物繊維が多い食品:
野菜、きのこ、海藻、全粒穀物など。
糖の吸収をゆるやかにし、食後の血糖値の急上昇を防ぎます。 - 良質なたんぱく質:
魚、大豆製品、卵、赤身の肉など。筋肉量の維持に役立ち、血糖を安定させる助けになります。 - 青魚:
EPA・DHAといった脂肪酸を含み、インスリンの効きを改善する可能性があるとされています。
血糖値を上げにくい食べ方
「何を食べるか」だけでなく、「どう食べるか」も大切です。
- 食べる順番を工夫する(ベジファースト):
最初に野菜やきのこ、海藻類などの食物繊維を摂ることで、炭水化物の吸収がゆるやかになります。「野菜 → たんぱく質 → ごはん・パン」の順が目安です。 - よく噛んでゆっくり食べる:
早食いは血糖値を急上昇させやすくなります。よく噛むことで満腹感も得られ、食べ過ぎ防止にもつながります。 - 1日3食、規則正しく食べる:
食事を抜くと、次の食事で血糖値が急に上がりやすくなります。無理な欠食は避けましょう。
インスリンの効きを高める運動療法

運動は、インスリンの効きを良くするために非常に効果的です。できる範囲で、継続することが何より大切です。
おすすめの運動とタイミング
- 有酸素運動:
ウォーキング、軽いジョギング、サイクリングなど。筋肉でのブドウ糖利用を促し、1回20〜60分、週3〜5回を目安に行います。 - 筋力トレーニング:
スクワットや軽い筋トレ。筋肉量が増えることで、血糖を処理する力が高まります。 - 運動のタイミング:
食後30分〜1時間後に行うと、食後血糖値の上昇を抑えやすくなります。
運動を始める前に注意したいこと
- 必ず主治医に相談し、体調や合併症に応じた指示を受けましょう。
- 網膜症や神経障害がある場合、避けた方がよい運動があります。
- 薬を使用している方は、低血糖に備えて補食を準備しましょう。
- 無理をせず、少しずつ続けることが長続きのポイントです。
インスリン不足に関するよくある質問
ここでは、外来でもよくいただく「インスリン不足」に関する疑問について、分かりやすくお答えします。
インスリンが不足すると体重は減少しますか?
はい、体重が減少することがあります。インスリンが不足すると、細胞がエネルギー源であるブドウ糖をうまく取り込めなくなります。
その結果、体は不足したエネルギーを補うために、筋肉や脂肪を分解して使おうとします。このため、食事量が変わらない、あるいは増えているにもかかわらず、体重が減ってしまうことがあります。
これは体が「エネルギー不足」に陥っているサインであり、注意が必要な状態です。
インスリンの分泌能力は回復しますか?
これは、原因によって異なります。
1型糖尿病のように、免疫の異常によって膵臓のβ細胞が破壊されてしまった場合、現在の医療では、失われた分泌能力を完全に元に戻すことは難しいのが現状です。
一方で、2型糖尿病の初期段階では、膵臓が「使いすぎ」で疲れているだけのケースもあります。
この場合は、食事療法や運動療法、適切な薬物治療によって膵臓の負担を減らすことで、インスリン分泌がある程度回復する可能性があります。
インスリンを増やす方法はありますか?
体内で自然に分泌されるインスリンを、サプリメントなどで直接増やすことは難しいと考えられています。
大切なのは、下記の2つです。
① 膵臓に過剰な負担をかけないこと
② インスリンの効きを良くすること(インスリン抵抗性の改善)
これらは、食事の工夫や運動習慣の改善によって十分に期待できます。
また、治療としては、インスリン分泌を助ける薬を使ったり、不足しているインスリンを注射で補ったりする方法があります。
インスリンの値が高いと、体にどんな影響がありますか?
インスリンが多く分泌されている状態(高インスリン血症)は、主に2型糖尿病の初期によく見られます。
これは、インスリンが効きにくくなった状態に対抗して、膵臓が無理をしてインスリンを出しているサインです。
この状態が続くと、血管に負担がかかり動脈硬化が進みやすくなったり、脂肪がたまりやすくなって肥満を助長したりすることがあります。
さらに長期間続くと、膵臓が疲れてしまい、最終的にはインスリン分泌そのものが低下してしまう可能性もあります。
インスリン不足のサインを感じたら、早めに医療機関へ

これまでにお伝えしてきたようなインスリン不足のサインに心当たりがある場合、自己判断で様子を見ることはおすすめできません。症状が軽いうちに対応することが、その後の経過を大きく左右します。
早期発見・早期治療の重要性
インスリン不足や高血糖は、早い段階で見つけ、適切な治療を始めることで、血糖値を安定させ、合併症の発症や進行を防ぐことが可能です。
一方で、治療開始が遅れるほど、血管や神経へのダメージは少しずつ蓄積していきます。「もう少し様子を見よう」と迷っている間に、知らないうちに病状が進んでしまうことも少なくありません。
少しでも気になる症状があれば、ためらわずに医療機関で相談することが、将来の健康を守るうえで最も大切な行動です。
何科を受診すればよいか
「喉が異常に渇く」「トイレが近い」「体重が減ってきた」といった症状がある場合は、まずは内科を受診しましょう。
また、健康診断で血糖値の異常を指摘された場合も、早めの受診が大切です。
必要に応じて、糖尿病内科や内分泌内科などの専門科を紹介されることもあります。
まとめ:インスリン不足は放置せず、専門家に相談を
インスリン不足は、単に血糖値が高くなるだけの問題ではありません。放置すると、糖尿病ケトアシドーシスといった命に関わる状態や、失明・腎不全などの重い合併症につながる可能性があります。
「多飲・多尿」「体重減少」「強いだるさ」といった症状は、体が発している大切な警告サインです。
これらを見逃さず、少しでも不安を感じたら、早めに医療機関を受診してください。適切な治療と生活習慣の見直しによって、血糖コントロールを安定させ、健康な生活を長く続けることは十分に可能です。
このコラムが、ご自身の体と向き合うきっかけになれば幸いです。
【免責事項】
本記事は情報提供を目的としたものであり、医学的な診断や治療に代わるものではありません。
体の不調や健康に関するご相談は、必ず専門の医療機関にご相談ください。
